ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
現在地 トップページ > 分類でさがす > 歴史・文化 > 文化財 > 文化財とは > 第23次宮津市指定文化財として新たに4件の文化財を指定

本文

第23次宮津市指定文化財として新たに4件の文化財を指定

記事ID:0031028 更新日:2026年9月1日更新 印刷ページ表示

 令和8年8月31日、新たに4件の美術工芸品(彫刻2件、歴史資料2件)を宮津市指定文化財に指定しました。

 今回指定した文化財は、府中・宮津に伝わる平安・南北朝時代の仏像や、江戸時代の由良や上宮津の歴史を伝える資料など、それぞれ異なる角度から宮津の歴史や文化を物語る貴重な文化財です。

 今回の指定により、宮津市指定文化財は71件となりました。

今回指定した文化財

木造聖観音菩薩坐像

種  別:美術工芸品(彫刻)
年  代:南北朝時代(14世紀後半)

 江尻の慈光寺において、本堂の本尊として祀られている仏像です。表現方法や構造には、足利将軍家との関わりが深い「院派仏師」の特徴がみられ、南北朝時代(14世紀後半)に中央系仏師により制作された優品と評価されます。

 慈光寺は、丹後国守護であった一色氏の菩提寺と伝えられ、雪舟筆「天橋立図」には大規模な伽藍が描かれています。本像は、丹後府中における中世都市の発達や、仏教文化の展開を考える上でも注目される作品です。

木造聖観音菩薩立像

種  別:美術工芸品(彫刻)
年  代:平安時代(11世紀)

 宮町の如願寺に伝来する仏像で、かつては観音堂の本尊であったと伝えられます。表現方法や構造から、平安時代後期(11世紀後半)の作品と考えられます。

 如願寺は、万寿元年(1024)に比叡山の僧・皇慶によって、天台宗寺院として創建されたと伝えられます。江戸時代の絵図によると、かつては観音堂のほか、多くの塔頭が建ち並ぶ伽藍を誇りました。本像は、近江を中心に分布する天台系の仏像と、作風に共通性がみられ、如願寺の創建の経緯を物語る作品です。

丹後国由良村関連関札

種  別:美術工芸品(歴史資料)

年  代:江戸時代

 江戸時代、大名や幕府役人などが休憩・宿泊する際に掲げられた「関札」です。

 今回指定した3枚は、天明8年(1788)の幕府巡見使、安政5年(1858)の外国奉行、慶應4年(1868)の山陰道鎮撫使の来訪に関わるものです。18世紀後半から幕末にかけて、由良が日本海沿岸の交通の要所であったこと物語るとともに、各使節の具体的な行程を知ることができる重要な実物資料です。

辛皮山山論裁許裏書絵図

種  別:美術工芸品(彫刻)
年  代:貞享5年(1688)

 万治3年(1660)に上宮津村と大股村(舞鶴市大俣)の間で、辛皮山の境界をめぐって「辛皮山論」が発生しました。裁判は長期にわたりましたが、貞享5年(1688)、幕府の裁許が下され、上宮津村が主張した境界が認められました。

 本絵図は、裁判内容を絵図面に示し、裏面には判決文が書き記されています。両村が主張した境界線や、幕府による現地検証、判断の過程などもみられ、江戸時代の山林争論の様子を伝える資料として貴重です。

 

聖観音菩薩立像(如願寺) 裁許絵図

    木造聖観音菩薩立像(如願寺蔵)       辛皮山山論裁許裏書絵図【部分】(上宮津財産区蔵)