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ケラーマンとヴァルザー 明治の宮津を愛した西欧人
明治41年(1908)、二人の外国人が宮津を訪れました。ドイツ人の人気作家、ベルンハルト・ケラーマンと、スイス人の画家、カール・ヴァルザー。出版社の企 画で来日し、帰国後に『日本散策記』(原語:Ein Spaziergang in Japan)、『さっさよ やっさ 日本の踊り』
(原語:Sassa yo Yassa. Japanische Tänze)をベルリンで刊行しました。
『さっさ よ やっさ 日本の踊り』(1911年より)
ベルンハルト・ケラーマンは『日本散策記』の中で、宮津での日々を「ぼくは日本に滞在中、最も すばらしい時をここで過ごした」と語っています。東京、京都、宮島、伊勢など日本各地をめぐりました。
2人は、宮津を最も気に入り、荒木旅館に滞在。宮津の人たちと交流を重ね、その眼差しは、まちの素朴な美しさや、足繁く通った茶屋「山中」の芸子たちの歌と踊り、祭りにたずさわる人々の姿に向けられました。
ベルンハルト・ケラーマンの文章と、カール・ヴァルザーの挿画は、明治時代の宮津を生きいきと描き出し、その文化を海外に発信しました。現在もスイスの国立図書館や美術館には、カール・ヴァルザーの絵画が所蔵され、日本滞在中の作品も多く確認されています。

荒木別荘の金剛の間より阿蘇海を臨む
