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“衝撃”と“感動”の移住 ~池上敏雄さん

記事ID:0006667 更新日:2021年3月22日更新 印刷ページ表示

たわわに実った水稲の刈り取りに汗を流す池上さんご夫妻

“衝撃”と“感動”の風景

 魚釣りが趣味だった池上敏雄さん。週末には大阪から車を走らせ、伊根から舞鶴まで海岸で投げ釣りを楽しんでいたとのこと。平成16年夏、栗田半島へ初めて立ち寄り“適当な家”の前で車を止めたところ、海岸の風景、沈む夕日に煌く海が目に飛び込む。一歩集落へ入ると黄金の水田。体中に“衝撃”が走り、景色に“感動”したとのこと。

 一緒にいた息子に「ここに絶対住んだる」と話されたそうだが、小学生の息子と中学生の娘の将来を考え、衝撃と感動をグッと胸にしまい込んだ。

 

“衝撃”と“感動”は抑えられない

 胸にしまったはずのものが日々沸々と音を立てる。妻に胸の内を話し一緒に釣りに来るようになった。ある釣りの帰りに寄った温泉に京都府立海洋高校のパンフレットを見つけた。面白い高校だと思いながら、意図もなく中学2年生の息子に渡した。

 息子が中学3年生になり進路を決める時期。「おれ海洋高校に行くわ。」平成23年春、息子が海洋高校に入学すると、もう胸は爆発寸前だったとか。

 

運命

 手当たり次第、京都などが催す移住フェアに参加し、知識をつけ、心構えを学んだ。結果、新規就農を決意。京都府農林漁業就農・就業相談会に宮津市ブースが出展されることを知り参加。以降、新規就農基礎講座を受講し、就農の準備を進める。

平成23年12月、京都府の仲介で現在住んでいる地区を訪れた。地区の方から「ついておいでよ。」言われるままに進むと「この田んぼと、これと、これと、これ。池上さん作って。」、「この家に住んで。」、「私が家主です。」とミラクルな展開。しかも紹介された家は平成16年に訪れた車を止めた“適当な家”だった。運命に違いない。

 

生活に慣れる時間

 移住してから気づいた。都会は効率重視で金銭だけでことを動かしていると。田舎では非効率な部分もあるが、自身の価値観で自分らしい生活スタイルを自分の時間軸で過ごすことができる。

 一方で、移住当初は知り合いが居ない中、すべてが初体験で疲れてしまったときもあったとか。人と人との程よい距離感を得るのに2年が必要だったと話す。豪雨災害で家屋が被災したが、都会ではめぐり合えない貴重な体験とポジティブに受け止める。

 

これから

今は単身移住だが、将来は奥様と農家民宿やカフェの開店が夢。「一生感動」、「一生青春」がモットーの池上さん。“おもろなかったらおもろない精神”で面白いことを見つけ実践していくとのこと。