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旧三上家住宅(国指定重要文化財)

記事ID:0004811 更新日:2021年1月29日更新 印刷ページ表示

旧三上家住宅

旧三上家住宅外観

 三上家は江戸時代において、酒造蔵、廻船業、糸問屋等を営む一方、藩財政や宮津城下の町政に深く関わっていた商家です。

 三上家の出自は明らかではありません。一説によると戦国期には但馬国を支配した守護大名山名氏に仕えていたともいいます。江戸時代に至り時の宮津藩主永井氏に召抱えられたこともありましたが、のちこの地で町人となったと伝えます。元結の製造・販売が家業の起こりで、それが屋号となったとも伝えます。その後、酒造業や廻船業・糸問屋などを営み財を築きました。

 家格の上昇に伴い、城下屈指の名家として賓客の本陣に指定されることも多く、天保9年(1838)の幕府巡検使を皮切りに、慶応4年(1868)の山陰道鎮撫使西園寺公望、また明治になったのちも有栖川宮熾仁親王や小松宮彰仁親王が来津の際、当家に泊っています。

 

酒造施設

酒造施設(釜場の大釜)

 

 主屋は天明3年(1783)年の建築です。入母屋造妻入で切妻が軒を並べる宮津の町屋のなかでは異彩を放っています。防火の配慮から、外部に面する柱や垂木をすべて塗り込める大壁造(土蔵造)とし、美しい白壁の外観をつくりだしています。また吹抜けの内部には米を蒸す釜場や麹室など酒造施設などが残されています。

 文政3年(1820)には主屋に隣接して新座敷棟が、天保8年には贅をつくした庭座敷棟が建て増されます。その道側に取り付く玄関棟と表門は、天保8年の巡検使を迎えるにあたり急遽増築されたものです。

 当住宅は町屋建築としては大規模な部類に属し、徹底した防火構造をとっていることが特色です。また酒造施設も良く残されている点などから、国の重要文化財に指定されています。

 

旧三上家ニワザシキ

旧三上家ニワザシキ



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