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第88回 大手橋の改修

印刷用ページを表示する 記事ID:0005145 更新日:2021年1月29日更新
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かつての大手橋

大手橋の改修

 京都・宮津間車道の全面開通は、明治二二年(一八八九)八月ですが、宮津市内に関しては明治一九年に一部が開通し、八月四日、京都府知事・北垣国道らが参加して栗田トンネル開通式、大手橋開通式が盛大に行われました。

 

 このうち大手橋は、宮津市役所東側の大手川に架かる橋で、もとは旧宮津城の正門である大手門と城下町をつなぐ橋でした。木造だったものを、明治一九年二月より三連アーチの石橋に改修し、同年七月に完成。石材は栗田トンネルの余材が利用されました。

 

 また、同年に架けられた大膳橋、旭橋も、栗田トンネルの余材が利用され、一連アーチの石橋が現在も残されています。

 

 ところで、市役所の前(大手橋西詰)には「改造大手橋碑」と呼ばれる石碑がみられます。明治二一年に大手橋の開通を記念して建てられたもので、かつては大手川の対岸(現在の京都北都信用金庫前)にありました。

 

 京都府知事の北垣国道が、自ら撰文(碑文などの文章を作ること)したもので、大手橋の工事費の不足分を、地元有志が出資したことなどが記されています。また、「城址を平らげて、更に新道を築く」という一文もあり、京都・宮津間車道の開通により、宮津城の面影が失われたことも伺えます。

 

宮津の歴史

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