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第69回 寺町を歩く (4)宮津藩主の菩提寺・大頂寺

印刷用ページを表示する 記事ID:0005106 更新日:2021年1月29日更新
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寺町を歩く (4)宮津藩主の菩提寺・大頂寺

 大頂寺は浄土宗の寺院で、山号は宝徳山。

 

 寺伝によると、慶長十一年(一六〇六)、京極高知が「犬の堂」の山上に創建した香華所を、京極高広による宮津城下町の再建に当り、妻の寿光院が養父である徳川秀忠(二代将軍)や家康、家光(三代将軍)の法楽のために、現在地に移したと伝えられます。さらに宝暦八年(一七五八)、本庄氏が宮津藩主として入部すると、遠戚にあたる桂昌院が徳川家光の側室で、綱吉(五代将軍。生類憐みの令で有名。)の生母に当ることから、徳川家の霊もあわせて祀られました。

 

 現在、大頂寺には徳川家初代・家康から六代・家宣までの位牌が安置されるほか、本堂の後方には、秀忠・家光を供養する宝篋印塔が建っています。

 

 さて、現在の境内は、本堂、庫裡、山門からなっています。寺町の中で最も高台に位置し、宮津湾や天橋立を遠望することができます。特に、本堂の南側には御霊屋(霊をまつる霊廟)がみられ、桂昌院の位牌や念持仏、本庄家の位牌が安置されています。奥間は折上格天井となっており、総漆塗りの荘厳な造りであることから宮津市指定文化財となっています。

 

 京極、本庄家と宮津藩主の菩提寺である大頂寺は、徳川将軍家との繋がりも強く、江戸時代における宮津藩の位置を考える上でも、見逃せない寺院です。

 

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