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第51回 宮津城の面影(1)たもの木と海岸線

印刷用ページを表示する 記事ID:0005077 更新日:2021年1月29日更新
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宮津城の面影(1)たもの木と海岸線

 現在の宮津市街地の海岸線は、近年に埋め立てられたもので、宮津城が存在した江戸時代には、国道一七六号・一七八号の辺りまで海が入り込んでいました。弘化二年(一八四五)に描かれた「宮津鶴賀城郭之図」をみると、宮津城二の丸の石垣は宮津湾に面しています。

 

 二の丸の東北隅には、明治三九年(一九〇六)、京都府水産講習所が建てられましたが、古写真には、講習所の裏に立つ「たもの木」や石垣が写っており、かつての海岸線を知る目印になります。

 

 この「たもの木」は、現在も宮津警察署の北側に立ち、樹齢は三百年を越えると言われています。昭和四二年に国道工事が行われた際に、伐採の運命にあったところを、地元から「助命嘆願」が提出され歩道が迂回されました。埋め立てが進められた今も、宮津城が海に面していたことを示す生き証人となっています。

 

宮津の歴史

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