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第18回 慈光寺と一色氏

印刷用ページを表示する 記事ID:0005017 更新日:2021年1月29日更新
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慈光寺と一色氏

 江尻集落において、立派な山門がひときわ目を引く慈光寺は、かつては現府中小学校の周辺に所在しました。

 

 雪舟『天橋立図』には、五軒の堂舎や建物をつなぐ橋など立派な伽藍が描かれ、特に、大きな築地塀は際立った存在です。丹後国守護・一色氏の氏寺(菩提寺)として建立され、芳仲周騰など著名な禅僧が、住持(住職)を務めました。

 

 一色氏は、足利氏の支族にあたる名門で、若狭国・三河国・尾張国知多など、海上交通の要衝地で守護を務めました。明徳三年(一三九二)、満範が丹後国守護に任命され、その後、約二〇〇年にわたって丹後を領有しました。また、一色氏は四職として室町幕府の中核を担っていたことから、しばしば足利義満が天橋立を訪問。中世丹後の文化的な繁栄に、大きな役割を果たしました。

 

 享保十一年(一七二六)刊行の『丹後国天橋立之図』をみると、慈光寺は現在地である江尻に描かれ、かつての所在地には「故慈光寺跡」と記されています。少なくとも、この絵図が作られた江戸時代には、慈光寺が江尻に位置したことは確実で、当時、跡地が伝承されていたことは注目されます。

 

 江戸時代、宮津城に政治的な中心地が移った後も、慈光寺の存在は、一色氏に関わる記憶とともに、語り継がれていたのでしょう。

 

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