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第2回 潟湖(せきこ・かたこ)と港

印刷用ページを表示する 記事ID:0004760 更新日:2021年1月29日更新
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宮津方面からの空撮

潟湖と港

 天橋立に代表される「砂州」「砂嘴」に囲まれた内海は「潟湖」と呼ばれ、日本海の沿岸に多い地形です。

 

 現在は埋没した「潟湖」も少なくありませんが、かつての地形を復元すると、「潟湖」の周囲には重要な遺跡が集中し、網野銚子山古墳・神明山古墳(京丹後市)といった巨大古墳の眼下に広がる平野部にも、かつては「潟湖」が存在しました。天橋立に抱かれた阿蘇海も「潟湖」の一つといえ、阿蘇海に面した府中地区は、奈良時代から戦国時代まで丹後の政治的な中心地となりました。

 

 外海から隔てられた「潟湖」は、波が穏やかなことから天然の良港とみることができ、海を介した交流の拠点として、重要な役割を果たしたと考えられます。

 

 阿蘇海をさらに細かくみると、溝尻や岩滝・須津に港が存在したと推定されます。このうち溝尻には舟屋が残り、漁村として海を舞台とした生活を現在も継承しています。一方、岩滝・須津は野田川の河口部に位置し、加悦谷にいたる交通の要衝として注目されます。

 

 宮津の歴史や景観を考える上で、海は欠かせない要素となるため、次回からは海とのかかわりにも注意しながら、府中の歴史をたどります。

 

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