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1200年の歴史が残る上宮津の古道(大江山連邦)

印刷用ページを表示する 記事ID:0004502 更新日:2020年12月31日更新
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古道

 

宮津市には現在もいくつかの古道が残っていますが、中でも有名なのが平安時代の歌人 和泉式部が京から丹後へ向かう際に歩いたといわれる「元普甲道(もとふこうみち)」と江戸時代に参勤交代で使われていた「今普甲道(いまふこうみち 宮津街道とも)です。

 

共に宮津市から大江山の普甲峠を越えて福知山市に至る古道ですが、元普甲道は平安時代にはすでにあったとされ、古代から中世における大江山越えの主要道でした。平安初期、峠の中腹に普甲寺という大寺院があったことから、この名がついたといわれています。

 

また、江戸時代初期に道の厳しさから宮津藩主・京極高広が参勤交代用の道として新しく作ったのが「今普甲道(宮津街道)」。この道ができたことで古代からあった普甲道は元普甲道と呼ばれるようになりました。今普甲道は西国三十三所(※1)の28番札所成相寺への巡礼の道としても使われ、江戸時代の主要街道となりました。

 

 

古道ウォークを体験! 和泉式部もお侍さんも歩いた古道を行く

古道入り口

 

昔の人たちが歩いた元普甲・今普甲道はいったい、どのような道なのでしょうか。そこで上宮津・杉山エコガイドの会主催の古道ウォークに参加し、実際に古道を歩いてみました。

(MAP https://oeyama-trail.wixsite.com/kyoto/area-map<外部リンク>


今回のコースは江戸時代にできた今普甲道から普甲峠(大江山スキー場跡)を超え、茶屋ヶ成を経て古代からの道、元普甲道を下るというもの。旅のスタートは岩戸(がんど)から。岩戸に立つこの大きな家は以前、旅籠だったそうで今も家の中に古道が通っているのだとか。今回は、こちらの敷地内は通らず車道から古道に入っていきます。

 

 

知りたい! 境内に潜む言い伝え

石畳

 

古道に入るとあっという間に山道に。人がひとり通るのがやっとという細い道に石畳が敷かれています。そう、この古道の素晴らしさのひとつにこの石畳があります。江戸時代の人達が歩いた石畳が今もきちんと残っているのです。大江山は蛇紋岩(じゃもんがん)の山なので、この石畳も蛇紋岩。ただしこの石、雨が降るとツルツル滑りやすいので要注意です。

 

古道

 

荷物を運ぶ馬や牛は石畳横の側道を歩きました。70歳代というガイドさんが子ども頃、まだ車道が無かった時は大江山スキー場へ行くのにスキー板を担いでこの道を上ったのだそうです。

 

大江山からの宮津市街地

 

ふと見ると木々の間から宮津湾や宮津の町並みが見えてきました。参勤交代の人々もこの景色を見たのでしょうか。

 

ざっと端

 

 

ざっと橋を渡り、

 

一杯水茶屋跡

 

一杯水茶屋跡で一休み。先ほどのガイドさんの話によると60年前にはまだここに茶屋があったそうで子ども頃、この茶屋で休憩した思い出があるのだそうです。

 

大江山スキー場跡

 

石畳の急な道を上り切り、一度、車道に出て今度は大江山スキー場跡へ。

 

大江山からの景色

 

スキー場跡を登って降りたところにある茶屋ヶ成をめざします。タイミングが良ければスキー場の上から雲海が見えるかも!

 

東屋

 

かつて茶屋があったという茶屋ヶ成に到着! ここに令和2年、宮津高校建築科の生徒さんが作った素敵な東屋が完成。お弁当を食べたり休憩したりすることができますよ。

 

大江山からの景色

 

ここは宮津市内と天橋立がいっしょに見える唯一のポイント。かつて京から来た人はここで一服してから宮津に入り、宮津から京へ行く人は、ここで遠く、小さくなった自分の家や町を眺めたのでしょうか。

 

古道

 

帰りは元普甲道を降りていきます。結構、急な下り坂が続くので要注意です。かつて石畳の両脇に笹や草が生い茂っていたのですが、鹿が草をほとんど食べてしまったのだとか。そのため本来の道がどこか分からなくなってしまった箇所があるので、歩く時は道を間違えないように注意が必要です。

 

モスガーデン

 

すべらないように気をつけながら歩いていると突如、神秘的な景色が目の前に現れました。岩石流に苔が生え、まるでジブリの世界のよう。「私たちはこの景色をモス・ガーデンって呼んでいるんですよ」とガイドさん。美しい~!どこからか妖精が出てきそう。しばし見とれてしまいました。

 

モスガーデン

 

古道の途中にはところどころ、このようなモス・ガーデンが現れます。

 

古道

 

それにしても、この石畳の上を和泉式部も歩いたのかと思うと感慨深いものがあります。

 

下り坂

 

ところで普甲道という名の由来にもなった普甲寺ですが、最盛期には60以上の寺院が建ち、中世には高野山に対して北の高野山とまでいわれたのだとか。この道は普甲寺の参詣道を兼ねたともいわれています。

 

嫁入り道

 

普甲峠には元・今普甲道以外に地元の人々が日常生活に使った古い街道がいくつかあったそうです。その一つが「嫁入り道」。普甲(ふこう)という音が不幸に繋がるとして、花嫁さんはこの道を避け「嫁入り道」を歩きました。今はどこにあるのかほとんど分からなくなってしまったそうです。

 

縦貫道

 

元普甲道の出口は、なんと京都縦貫自動車道の大江山トンネルの横でした。昔の人は険しい古道を歩いて大江山を往来しましたが、今はこのトンネルでアッという間に山の向こうに行けるなんて、すごいことですね。みなさんもぜひ、1200年以上の歴史を感じながら古道を歩いてみてはいかがでしょう。

 

 

古道の保全活動

上宮津・杉山ガイド部会

 

元普甲道も今普甲道も利用者もなくなると雑木や雑草で通行できない状態となっていました。こうした中で、「この歴史ある街道を復活させたい」と有志で石畳を修理するなどし、現在は一部、通行ができるようになりました。今も定期的に元普甲道、今普甲道の保全・補修をしたり、ガイドさんの話を聞きながら古道を歩き、石畳の保全・修復をする古道普請ツアーなども開催しています。

 

 

〈データ〉

上宮津・杉山ガイド部会のFacebook https://www.facebook.com/kamiyazusugiyama/?ref=aymt_homepage_panel<外部リンク>

 

 

※1 西国三十三所

和歌山、大阪、兵庫、京都、奈良、滋賀、岐阜の2府5県に点在する観音信仰霊場の総称。その33の札所をめぐる巡礼の旅がかつて盛んに行われました。その28番札所が宮津市の成相寺です。

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