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みやづ歴史紀行(164回) 

印刷用ページを表示する 記事ID:0028609 更新日:2026年1月20日更新
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若田(わかた)神社の例祭

 日置上(あげ)集落の若田神社では、四月の第二土曜日に例祭が行われ、「日置祭」として親しまれています。かつては秋祭りとして行われ、江戸時代には、旧暦の八月二十六日を祭日としていました。明治四十四年(一九一一)には、集落内の他の神社と合わせて祭日が十月十七日に改められ、その後、第二次世界大戦後には四月の春祭りとなりました。
 本祭(ほんまつり)前日の夜の宮では「裸祭り」と呼ばれる神事が行われます。神楽や太刀振りに関わる大人や子どもたちが、提灯を先頭に公民館から海岸まで走り、海に入り心身を清める「塩垢離(おごり)」を行います。その後、再び集落を駆け上がり、若田神社で、般若心経を唱える神事が執り行われます。
 本祭は、公民館から十メートルを越える大竹に飾られた猩々緋(しょうじょうひ)の幟(のぼり)を先頭に、シンボチ、棒振り、神楽、太刀振り、楽台の順番で若田神社へ向かい、境内で幟を立てた後、祭礼芸能が奉納されます。そして、集落を練り歩きながら金剛心院の勅使門前の広場、世屋地区との境にある作業場、禅海寺の境内で若田神社と同様に祭礼芸能が奉納され、最後に公民館に戻って奉納を行い、祭礼を終えます。
 現在は神楽と太刀振りが行われていますが、昭和三十年代頃までは「花の踊り」も奉納されていました。この「花の踊り」は、伊根を中心に伝承される祭礼芸能で、丹後では伊根町の宇良(うら)神社や、大島集落の白山(はくさん)神社などで色紙で飾られた花飾りを手に、演奏に乗せて踊りと歌が奉納されます。若田神社の「花の踊り」は、踊りという名前がついているものの、小鼓や伏せ鉦(かね)を持ちながら神殿を背に、コの字型に座り袴姿で座歌を演奏する形式です。この踊りは、籠神社系の笹囃子(さはやし)の要素もうかがえ、各伝承地の中間地点に位置する日置集落ならではの特徴を持っていました。
 長い年月の中で、祭りの担い手不足により、太刀振りが一時休止となるなど途絶の危機もありました。しかし、地域の人々の尽力により、祭りの日程や参加者などが変化しながらも、若田神社の例祭と奉納芸能は今日まで受け継がれています。
(宮津市教育委員会)

 

歴史紀行(​若田神社での祭礼芸能の奉納)

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