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【宮津祭】平穏への祈りを神輿や太鼓に力強く託す―和貴宮神社の「春季例大祭」

印刷用ページを表示する 記事ID:0015018 更新日:2022年4月27日更新
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【宮津祭】平穏への祈りを神輿や太鼓に力強く託す―和貴宮神社の「春季例大祭」


 

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海辺を吹く風も少しずつ暖かくなってくる5月15日。宮津の町に威勢の良い掛け声と笛の音色、そして愉快な太鼓の音が響き渡ります。毎年この日、盛大に行われるのが宮津祭。宮津の旧市街エリアを南北に走る西堀川通を境目に西地区の山王宮日吉神社と、東地区の和貴宮神社が、街の平穏や安寧を願って同時進行で行う祭礼です。東西で共通する部分もあれば、違いもあるこのお祭り。今回は東側、和貴宮神社の宮津祭の魅力と歴史を紐解いてみましょう。


町人や船乗りから信仰された和貴宮神社とは?


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本題に入る前に、まずは東地区の氏神である和貴宮神社について見てみましょう。その歴史は古く、火災による古文書の焼失などのため詳細な創建時期は不明ですが、境内の記念碑によると応永28年(1421)に社殿が創建されたようです。江戸時代には宮津城下の町人の社として大いに栄えました。境内にある玉垣には、宮津に富をもたらした北前船の往来などにより参詣した各地の豪商らの名前が、今も刻まれています。
和貴宮神社の社殿が創建されてから凡そ50年後の文明2年(1470)に当地域で最も社格が高いことを意味する丹後一宮・籠神社より御祭神を合祀し、これより後「別の宮」と呼ばれたのが次第に「分の宮」と呼び名を変え、「別宮総社」、「江の島の宮」とも呼ばれ、その後、現在の和貴宮神社と改称されました。古くより地域の、そして北前船の関係であろう遠方の人々からも信仰を集めた、由緒深い神社なのですね。


盛大な「宮津祭」は2つの祭りの総称
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江戸時代初期から続くとされる宮津祭は、宮津市最大級の賑やかな祭り。今では東地区と西地区が同時進行で行っていますが、和貴宮神社は江戸期に社古文書等を焼失しており例祭の経緯は分かっていません。文化3年(1806)頃の記述によりますと東祭りと呼ばれており、その頃は秋の例祭、または4月にお祭りが行われていたようです。現在のように西堀川通りを境に東西に分かれるよう氏子地域が改められたのは文政10年(1827)のこと。これにより和貴宮神社の氏子地域に職人町(宮本町)・万町・本町・魚屋町の4町が加わることが決まり、山王祭で漁師町によって行われている浮太鼓が伝承され、祭りは賑やかさを増しました。

 

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そして時は流れ、第二次世界大戦後。和貴宮神社の祭りは山王祭と同じく5月15日に行われることとなり、現在の同時進行の形へと変化していきました。宮津祭を構成する2つの祭りに共通するのは、大切な氏神様を町にお迎えして宮津の平和を祈るという人々の思い。ゆえに、様々な様式の違いはあれど、大きな流れや奉納されるもの、神事の様子など、似通った部分もたくさんあるのです。 


★“山王日吉神社の「山王祭」”についての記事


和貴宮神社の祭礼としての「宮津祭」
 

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和貴宮神社の宮津祭では山王祭と同様、神輿渡御や神楽、そして浮太鼓と呼ばれる激しい動きを伴う独特の太鼓などが披露されます。祭りは神社周辺に近しい宮本町・万町・本町・魚屋町・新浜の5町が大神輿、太神楽、浮太鼓、子供神輿を輪番制で担当し、氏子地域である9町も氏子として大神輿、子供神輿の巡行に加わります。
祭りが始まる5月13日には当番の町の太神楽と浮太鼓が自分の町内を回り、祭りへの熱が高まっていきます。14日には宮津の街中を巡り、宵宮祭では厳かに神事が執り行われます。そして最終日である15日、祭神を乗せた大神輿は11時30分に和貴宮神社を出発し、神幸祭が行われます。約150名の担ぎ手が交代制で担ぐ神輿の力強さは圧巻。辺りはパワフルな掛け声と熱気に包まれます。

 

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太神楽の奉納に続いて、浮太鼓が送り太鼓を打ち鳴らしながら町内を巡行し、一帯のお祭りムードはぐんぐん上昇。御旅所である宮津市役所で行われる御旅所祭は15時に予定されており、先に入られた太神楽、御旅所祭後に入る浮太鼓も市役所にて奉納され、多くの見物客で賑わいます。そして大神輿が神社に戻るのは、日も暮れた19時頃、その後、太神楽の奉納、浮太鼓の奉納は21時を回り深夜に及ぶこともあり、こうして年に一度の長く熱いお祭りは幕を下ろすのです。
 

独自に進化した浮太鼓がアツい!

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見どころが満載の宮津祭ですが、特に注目すべきは祭り情緒をぐっと掻き立てる浮太鼓でしょう。浮太鼓とは、笛と締太鼓のリズムに乗って打ち鳴らされる太鼓。「浮」は浮かれることを指しており、大きな屋台に乗せられた太鼓をその名の通り全身を使って踊るように打ち鳴らす様は見るからに楽しそう。その愉快さは見物客も巻き込んで、その場は一気に賑やかな雰囲気に変わります。
浮太鼓はもともと山王祭の漁師町で始められたもの。漁師町では今でも師匠から弟子たちへと厳格に技が伝承され、宮津市の無形文化財に指定されています。和貴宮神社の祭りには、江戸時代後期に漁師町から浮太鼓が伝えられました。山王祭では毎年漁師町のみが浮太鼓を担当するのに対し、和貴宮神社の宮津祭では各街が順番に担当することから、それぞれの個性が現れた多彩な演奏を見ることができるのが醍醐味です。
浮太鼓の屋台を回転させながら、皆で順番に躍動しながら太鼓を叩いていく辻回しも必見。心から楽しそうに演奏する様子は、見ている人達を自然に笑顔にします。

 
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宮津市内で行われる祭りは大小様々、たくさんあります。そのどれもが地域ごとの個性と誇りを持ち、そこに住む人たちの熱意によって代々受け継がれてきたものばかり。宮津祭も西と東の祭りが影響し合い、独自の発展を遂げながら今日まで継承されてきました。宮津の歴史と住人たちの地元愛、そして日本人が持つ祭りを楽しむ心を肌で感じに、宮津祭へと足を運んでみてください。


<データ>
和貴宮神社
京都府宮津市宮本431
TEL:0772-22-2773
https://ja-jp.facebook.com/wakinomiya/<外部リンク>

 

 

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