ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ

本文

第121回 茶六本館と宮津港

印刷用ページを表示する 記事ID:0013916 更新日:2022年5月20日更新
<外部リンク>

茶六本館

茶六本館(右:大正棟、左:昭和棟)

茶六本館と宮津港

旅館・茶六本館は、享保年間(一七一六‐三六)に創建されたと伝えられます。西堀川通りに面して建ち、南側が大正棟、北側が昭和棟と呼ばれています。二階大広間の設置や、部屋の独立性を高めるなど改修が重ねられており、商人宿(船宿)から観光旅館へと変化した旅館の歴史が読み取れます。木造三階建ての近代和風建築として貴重なもので、国の登録文化財となっています。
ところで、智恩寺の本堂には慶安三年(一六〇五)から昭和一八年に奉納された一一九点の絵馬がみられます。この中に「明治卅五年(一九〇二)二月新調」の商店名額(ガラス絵)があり、「発起人□商工社 周旋人矢野儀助」、「宮津実業家聊合有志」に続いて「旅館 茶六 命令航路 日本海線 汽船貨客取扱 各汽船取扱 海陸荷物運搬 西堀川□回槽店 川向町□魚荷取扱店」と記されています。「旅館 茶六」は茶六本館をさし、旅館業とともに汽船の荷物などを扱っていたことがわかります。
茶六本館が面する西堀川通りは、大正五年まで中央に水路が流れ、これが宮津湾に注ぎこむ地点には「波止場(港)」が置かれていました。また、白柏通りは、天橋立方面に向かう幹線道路であったことから、まさに茶六本館は、水陸交通が交差する要衝に立地します。
茶六本館は、近代宮津の景観を伝えるとともに、港町として繁栄した宮津の流通や往来を考える上でも重要です。

公式Facebookへのリンク<外部リンク>公式Twitterへのリンク<外部リンク>公式Instagramへのリンク<外部リンク>