丹後国分寺跡
京都府立丹後郷土資料館の南側には、現在も50基をこえる礎石(そせき)群(※)が地面に露出し、国史跡「丹後国分寺跡」として整備されています。
礎石群は、16基が縦横4列に並ぶ一群と、33基から構成される一群がみられ、前者は三重塔、後者は金堂と考えられています。さらに、金堂跡の南約38メートルの地点には、中門(ちゅうもん)とされる礎石2基がみられ、寺の範囲を考える手がかりとなっています。
国分寺は、奈良時代(741年)に聖武(しょうむ)天皇が各国に設置したもので、東大寺(奈良市)を総本山とします。国府の周辺に置かれる例が多く、丹後国の中心地を考える上でも注目されます。
ただし、丹後国分寺は南北朝時代に再建され、現存する礎石群も、この時の遺構とされています。塔跡の周辺から軒丸瓦が、宮津市が実施した史跡地周辺の調査では奈良から平安時代の瓦や土器が出土しましたが、奈良時代の建物などは未発見で、その存在は実証されていません。 (宮津市教育委員会)
※礎石 建物の重みを支えるために、柱の下部に置かれた石。寺院や役所など、瓦を葺く建物に使われた。
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