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最終更新日:2013年10月18日(金曜日) 18時59分  ID:2-11-76-839     印刷用ページ

中学生の主張大会 市長賞「未来を描く」情報発信元:社会教育課社会教育係

中学生の主張大会 市長賞「未来を描く」

養老中学校3年 小西 那菜さん

波見川は、今日も流れています。その流れは日本海へと続いています。
 我が家は、その川のそばの高台にあります。畑からは、遠くかなた、若狭湾の水平線をのぞむことができます。
 うちの家族構成は、三つ下の妹、八つ下の弟、そして父と母。隠居には、祖母と曾祖母がいる、総勢七人の四世代家族です。
 うちの家族の最年少の弟と、最年長の曾祖母の年の差は、九十四です。まだ六年しか生きていない弟に比べ、曾祖母は九十九歳。来年の二月で、一世紀生きたことになります。先日、総理大臣賞を頂きました。
 曾祖母の長い長い人生にあたる百年、日本そして世界ではどんな出来事があったのでしょうか。
 太平洋戦争や、昭和二年三月七日にあったマグニチュード七・三の丹後大震災。曾祖母は、恐怖の瞬間をくぐってきたのです。
 そして、大正から昭和、平成へと移り変わっていく時の流れの中で、戦前・戦後のたくさんの山をのりこえてきたにちがいありません。
 しかし、戦後の動きはめざましく、曾祖母の代では、漁業・農業が中心だったにも関わらず、祖母・祖父の代では、祖父は大工、祖母は機を織っていました。機織りは、戦後しばらくどの丹後地方でもさかんでした。その後、家内工業が消え、勤め人が増え、村を出る人が多くなりました。しかし、曾祖母は、家計のために畑へ通い続けました。
 五年前まで曾祖母は、一日中畑仕事をする元気なおばあちゃんでした。暑い日も、夜の六時前までせっせと働いていました。
 野菜の収穫が忙しい時期になると、妹も私も長ぐつをはいて、曾祖母と一緒に畑に通いました。家からさらに一キロほど山を登ると、畑に出ます。そのため、畑からの眺めはとても景色がよいのです。キラキラと光る青い海が眼前に広がり、青々とおいしげる山が私たちを包んでくれます。曾祖母と三人で道ばたに座り、景色を見ながらおやつを食べた記憶もあります。畑の梅をぼったり、芋を掘ったり、季節によってする仕事が変わります。
 そんなに日々の中で、曾祖母が畑から帰って来ないという事件が起こりました。
 曾祖母が晩ご飯の時間になっても帰って来ないなんてことは、一度もありませんでした。父も祖父も近所の人も、曾祖母を探しました。そして、畑で倒れている曾祖母が見つかりました。
 命は助かったものの、長期の入院と身体の右側のまひによって、歩くのも難しいと言われてしまいました。しかし、曾祖母は、自ら進んでリハビリを乗り越え、見事歩けるようになりました。主治医の先生も、とても感心していたのを今でも覚えています。
 今、日本には、少子高齢化という問題があります。しかも、平均寿命は、女性が八十六歳、男性が七十九歳とだんだん伸びてきています。
 おばあさん、おじいさんが元気に長生きすることは良いことだと思います。
 私の住んでいる地域には、畑仕事をせっせとこなしているおばあさんをたくさん見かける反面、近所にいる年下の子どもは、数える程しかいません。その中でも、休日におばあさんと畑仕事をする子どもは、果たして何人いるでしょうか。
 私は将来、助産師になりたいと思っています。出産に立ち会い、未来を背負う子どもたちの第一歩を手伝いたいのです。
 波見川は今日も流れています。
 曾祖母から祖父へ、祖父から父に、そして私へと、命は続いています。この命の流れを、誰が止めることができるでしょうか。
 たとえ、少子化・高齢化と言えども、受け継いだ私の命は、この地域の未来のために生かしていきたいと思っています。
 孫が祖母や祖父とふれあう時間、子どもとお年寄りがふれあう、絵に描いたような幸せな光景が見られる地域を取り戻したいと思うからです。

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