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最終更新日:2014年3月18日(火曜日) 13時49分  ID:2-11-76-1994     印刷用ページ

みやづ歴史紀行(第25回)情報発信元:社会教育課社会教育係

『文珠の原風景』

 現在、文珠と天橋立は、小天橋(回旋橋)、大天橋と呼ばれる橋梁で結ばれていますが、天橋立の南砂州【さす】(小天橋)が形成されたのは江戸時代後期と新しく、それ以前、文珠と北砂州の間には、約一〇〇メートルの水道(切戸)が横たわっていました。

 また、文珠集落も大部分が江戸時代以降の埋め立て地で、それまで智恩寺の西側には、入江が広がっていました。享保一一年(一七二六)に描かれた『丹後国天橋立之図』には、入江に「天女嶋」「無字塔」「菩薩岩」が書き込まれ、このうち「無字塔」は、文珠・桜山前の踏切の北側に建つ三角五輪塔に当たると考えられます。

 さらに、現在の天橋立駅の裏側には「どん淵」と呼ばれる沼池が広がり、埋め立てされずに残された入江の名残とされています。江戸時代の『天橋立真景図巻』(智恩寺蔵)などには舟屋や干し網が描かれ、近年まで舟屋が残されていました。

 このように、江戸時代から知られてきた名所や地形を丹念にみていくと、埋め立て以前の文珠の原風景を復元することができます。かつて智恩寺の境内は、海に突き出した岬のような姿をみせ、天橋立に船で渡る交通の要衝に位置したといえます。

 まさに文珠は、海を挟んだ天橋立への玄関口に当たり、その地理的な重要性が浮かび上がってきます。


(宮津市教育委員会)


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