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船絵馬(金毘羅大権現) 江戸中期から明治中期まで、北前船の船主や船頭(船長)・水主(船員)らは、航海の安全祈願や報謝のために自らの船を描き、郷土や寄港地の神社に奉納した。由良川左岸の由良地区は、かつて北前船の船主や船頭・水主らを輩出した土地柄だけに、由良脇の金毘羅大権現をはじめとする神社に船絵馬が奉納されている。 金毘羅さんは日本海に臨む小高い丘にまつられている。社殿(覆屋)正面に束ねた毛髪が掛けられているのが異様だが、これは奉納まげで、大切な髪の毛を切り一心に祈ったものである。内部には所狭しと23面の船絵馬が掛けられている。 船絵馬の奉納は、航海の安全祈願を目的として行われたため、図柄には波穏やかな海上を、順風を受けて帆走する船の姿を描いたものが多い。ところがここには、荒れ狂う波間に木の葉のように翻弄されながらも船上で必死に祈る姿を描いた難船絵馬が2面ある。明治14年(1881)の飛竜丸難船絵馬と明治17年の宝永丸難船絵馬である。 由良の船絵馬は、大阪の絵馬師によって描かれたものがほとんどで、画面の落款によって吉本善京と絵馬藤の、2名の絵馬師の名を読みとることができる。彼らは、西廻り航路の起点である大阪で店を構え、船主や船頭・水主などの注文に応じた。 以上のように、由良の船絵馬群は、当時の由良港の繁栄を伝えるとともに、丹後地域の交通および交易に関する信仰の一端を物語っているのである。 なお、一部は京都府立丹後郷土資料館に寄託され、展示されている。 | |||||||||||||||
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