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厨子入木造愛染明王坐像 愛染明王は、人間の愛欲に伴う煩悩をそのまま浄菩提心になさしめ、息災、延命、福徳を与える明王として平安時代後期から信仰を集めた。 本像は、頭上に五鈷鈎のある獅子冠を頂き、怒髪、三目六臂をもち、五臂はそれぞれ蓮華、弓、箭、金剛杵、金剛鈴を執り、一手は拳を握って、条帛、天衣、裳を着け、宝瓶に支えられた蓮華座に結跏趺坐する通形の姿に表される。ヒノキ材の寄木造で、内刳を施し、玉眼を嵌入するが、表面に施された極彩色のため、構造は不明である。この彩色は当初のもので、肉身部の朱、着衣の截金と盛り上げ彩色を併用した細緻な文様があざやかに残り、髪筋の截金もよく残っている。注目すべきは、この本体部分だけでなく、台座、光背、さらに厨子までが当初のものとみられることで、鎌倉時代の工芸的な趣のある彫刻技法を知る格好の資料である。作風は穏健なもので、鎌倉時代後期の京都の守旧派仏師の作と考えられる。 金剛心院は、忍性が永仁2年(1294)に再興し、応長元年(1311)に本尊として愛染明王を安置したと伝えているが、忍性の属した西大寺派は愛染明王信仰をもち、この愛染明王を西大寺派の信仰を伝えるものと考えることもできる。 一方、この像は後宇多天皇の宮廷に仕えていた日ケ谷の城主松田頼盛の娘千手姫が、天皇の出家に際して帰郷し、法皇からこの像を賜ったともいう。いずれの伝承も確証はないが、鎌倉時代後期の制作であることは動かない。 | |||||||||||||||
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