写真提供:京都府立丹後郷土資料館
紙本著色花卉図 呉春等20筆 格天井絵
 智源寺本堂の天井には、円山派・四条派を中心に20名の画家による草花図20面が残されている。円山応挙に始まる円山派・四条派が得意とする没骨技法で描かれる。この流派には、幾人かの画家の共同制作の作例があるが、これだけ多くの画家が一同に集まっている点、同じような草花図とはいいながらも、それぞれの画家の作風がよく感じられる点など、誠に貴重な作例であるといえよう。20人中に1名だけ土佐派の画家、土佐光孚が含まれるのが注目される。  従来その制作時期は、応挙・源湊・芦雪等の名が見えず、呉春・南岳の作は認められることから、享和から文化にかけての10年の間の制作とされてきた。  土佐光孚の落款に「畫所預従五位上土佐守藤原光孚」とあり、「土佐家系図」(『大日本書画名家大鑑』掲載)によれば、光孚は、文化3年(1806)10月27日「土佐守」に任じられ、また同8年(1811)2月16日「従五位上」、文政元年(1818)6月24日「正五位下」になっており、光孚が落款の位階であったのは、文化8年2月16日から文政元年6月24日となる。これが呉春(文化8年7月17日には、20人のうち最も早く没している。)の生存期と重なるのは、文化8年の2月16日から7月17日までに限られる。ただし20面全部が一時期に制作されたかどうかは不明であり、本堂の棟札から文化五年の銘が確認されたことと併せて、この時期を中心に制作がなされたと考えておく。
市指定文化財 数 量二十面
美術工芸品 年代等江戸
絵画 所有者智源寺
宮津地区 所在地字京街道