写真提供:智恩寺
智恩寺山門
 延喜年間(901〜923)の創建と伝えられ、本堂の「智恩寺」とある扁額は後醍醐天皇の筆という。雪舟筆の「天橋立図」(国宝)には天橋立南端の本寺も見え、現存する多宝塔のほかに、裳階付きで宝形造と思われる建物も描かれている。現山門は明和4年(1767)9月24日に上棟されている。再建に当たって後桜町天皇と桜町上皇から黄金・白銀を下賜されたことによって 「黄金閣」と称された。棟梁は葛屋町の冨田庄次郎、後見は同冨田十郎兵衛、相棟梁は万町の浅田治左衛門と庄次郎の父冨田喜左衛門であった。この造営工事にかかわった職人の出面を記した出面板があり、職人の就労の様子をいきいきと伝えてくれる。  山門は三間三戸の形式を備えている。すなわち桁行の柱間が三戸あり、三戸を通路とする。両側に上層への階段を納める山廊を付設している。各柱間に建具はなく、開放的である。上層は逆蓮擬宝珠付縁高欄が四周する。柱は粽付で唐様木鼻をもつ。屋根は二重扇垂木で、これを三手先、尾垂木・拳鼻付の唐様斗きょうを詰組に配して受けている。四隅の柱と組物は欅で、他は松が使われている。上層には山門造営の棟梁を務めた冨田庄次郎(天明4年(1784)1月26日没、法名棟雲梁察信士)の位牌がまつられている。細部に至るまで本格的な唐様(禅宗様)になる山門として市内唯一のものである。    
市指定文化財 数 量一棟
建造物 年代等江戸
所有者智恩寺
吉津地区 所在地字文珠