![]() 写真提供:京都国立博物館 |
絹本著色紅玻璃阿弥陀像 密教で、大日如来を中心とする五方五仏に、五大(万物を構成するとされる地・水・火・風・空の五つの要素)と五色(青黄赤白黒の五つの基本色)とを配するとき、西方阿弥陀如来は火大、赤色となるため、肉身、著衣を赤色にした阿弥陀如来が描かれる。これが紅玻璃阿弥陀如来と呼ばれるもので、本図の像容は、空海の『無量寿如来供養作法次第』に、八葉の白蓮華の上に五鈷杵を横たえ、その上に独鈷杵を立て、さらにその上に紅蓮華を置いて金剛界五仏を表した宝冠をつけ、仏身と衲衣を紅玻璃色とし、定印を結んで結跏趺坐する阿弥陀如来を安置すると説かれるものに近いが、若干の相違がある。 描写は緊密で、衣に施された截金文様は細かく工芸的である。蓮華座に垂れた衣の表現は複雑で宋画の影響がみられる。外周には独鈷杵を巡らし、その外に三鈷杵と羯磨をあしらった描表装が備えられ、華麗な彩色とあわせ密教絵画特有の雰囲気がある。周囲の描表装を除いて本図と図様を全く等しくする画像が滋賀長命寺に伝存しており、特異な事例として注目される。 天文9年(1540)尊呈の記した修理記によると、この図はもと伊祢庄安養寺の住持宗恵円宣が所持していたが、永享7年(1435)になくなったので、直弟の丹後国分寺新坊に住していた重円永宣に譲られた。ところが彼も永享13年に早逝したので、二人の菩提のため丹後国分寺に施入したという。国分寺から成相寺に移った経過は不明である。 | |||||||||||||||
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