![]() 一色義直禁制 |
成相寺文書・制礼 附 成相寺古記 1冊 成相寺は、寺蔵の『成相寺古記』では文武天皇の慶雲元年(704)に猟者の開山になるといい、『伽藍開基記』では慶雲年中に真応上人が観世音菩薩を安置したことに始まるという。 本資料は西国三十三所観音霊場第二八番札所である成相寺に伝来した室町〜江戸時代の文書6通と、制札4面である。 文書には、天正8年(1580)8月17日付けの、明智光秀・細川藤孝・忠興が成相寺膝下の江尻村に発した三箇条禁制が含まれ、光秀が丹後国内に発した現存唯一の文書であり、かつ三者が連署したものは珍しい。 制札は木製でいずれも三箇条からなる。周囲焼損のため発給年月日を欠くが、袖判の花押から丹後守護一色義直の発した禁制と知れるものも含まれる。一色氏は室町時代を通じほぼ一貫して丹後守護の職にあったが、一色氏発給の文書は現在丹後地域に存在は確認されておらず、この禁制が唯一の遺例といえる。なお禁制の三箇条目に「寺辺放飼牛馬事」とあり、南北朝時代の『慕帰絵詞』で成相寺付近に牛2頭が描かれていることとあわせ、中世の成相寺付近で牛馬の放牧が行われていたことを示す史料としても貴重である。また長岡藤孝・忠興父子、京極高知によって発せられた制札も残る。なお京極高知奉行人の発した制札は、成相寺において竹伐や竹の子掘りを禁じた珍しいものである。 なお、附の成相寺古記は江戸時代に中世から近世にかけての成相寺と史実を伝承をまとめたもので、成相寺の歴史を理解する上で助けとなる。 | |||||||||||||||
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