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智恩寺多宝塔 附 棟札 2枚 延喜年間(901〜923)の創建と伝えられ、本堂の「智恩寺」とある扁額は後醍醐天皇の筆という。雪舟筆の「天橋立図」(国宝)には天橋立南端の本寺も見え、現存する多宝塔のほかに、裳階付きで宝形造と思われる建物も描かれている。 多宝塔の上重は円形で亀腹を付け宝形の屋根を載せて相輪を付し、下重は周囲に方形の裳階を付けており、この形式の塔を多宝塔という。 ほぼ東面する。下重には来迎柱が立ち、前方に須弥壇をつくって大日如来が安置されている。来迎壁の背面に丹後一宮大聖院の住僧智海が、片足を上げた不動明王を描いており、「八十余歳書之 智海」の署名がある。天井は一面の鏡天井。 下重の軒まわりは拳鼻付の出組(一手先斗きょう)とし、中備として中央は二つ斗(双斗)、両脇間には間斗束を置く。和様を基調としたなかで、この二つ斗と拳鼻が天竺様(大仏様)・唐様(禅宗様)の手法として採用されている。 左右に大きく広がる上重の屋根(柿葺)は軒天井をつくり、四手先の斗きょうが支持している。四面に設けられた扉と扉の間の二柱間は眠連子窓とする。上重と下重をつなぐ漆喰の亀腹が小さいのは古風である。 この多宝塔は、丹後国守護代で府中城主延永修理進春信によって建立され、明応10年(1501)に落成したことが、上重連子窓の裏板や来迎壁の背面、上重の柱(八角形)に記されている。 | |||||||||||||||
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