![]() 写真提供:智恩寺 |
天橋立 宮津湾の西南奥に発達した白砂青松の砂洲。松島(宮城県)・宮島(広島県)とともに日本三景の一つ。字江尻から西南に伸びる。総延長は3,370メートル、幅20〜70メートル。大天橋・小天橋・第2小天橋からなり、傘松地区とともに京都府立天橋立公園を形成する。大天橋・小天橋には約5,000本のクロマツが茂り、ハマユウも自生。 「丹後国風土記」逸文は、イザナギノミコトの天に通う梯子が倒れて橋立になったと記し、また橋立の西側の内海を阿蘇海、東側の宮津湾を与謝海と称する。平安期より都人の憧憬の地で、和泉式部・小式部内侍・曾根好忠らの和歌をはじめ、多くの文芸・美術に描かれる。16世紀初頭の作とされる雪舟の「天橋立図」では、砂洲南端と対岸の智恩寺との間に開けた水路がみえるが、この内海と外海をつなぐ水路を九世戸(切戸)と呼ぶ。江戸中期には橋立の先端がのび、この水路が狭くなり、阿蘇海が閉鎖寸前となったため、橋立切断をめぐる訴訟が数度にわたり起こされた。 天橋立の景観は、古来「橋立三大観」(大内峠・栗田峠・傘松公園)が有名だが、砂洲南岸の橋立ビューランドからの大観は、足もとから空に向かって縦一文字の砂洲を視界に収め、昇天する龍の姿を思わせるので「飛龍観」と称する。その山麓にある玄妙遊園は、当地を訪れた足利義満のために、守護一色満範が建てた客殿の跡にあたり、義満が橋立の眺望を「宇宙の玄妙」と讃えたのに由来すると伝える。 | |||||||||||||||
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