写真提供:京都府立丹後郷土資料館
きゅう漆厨子
 奥行きよりも幅の広い長方形の平面をもつ厨子で、高欄を備えた宮殿形で、須弥座に支えられる。屋根は軒角の跳ね上がったもので、宮殿部正面及び両側面前部には桟唐戸(正面扉欠失)、両側面後部は連子窓を備え、宮殿部の前面は礎盤に支えられた控え柱によって吹き放しの構造となり、背面には背障を当てている。高欄は唐様で、親柱の頂部には逆蓮形を載せ、また架木は蓮葉で受けている。須弥座は上下の框の間に、上部は仰蓮形、下部は伏蓮形の繰形を三段ずつ重ねこの間を柱でつないでいる。 屋根の軒先部には雲形装飾を巡らせ、正面には宝塔を表し、背障上部にも雲中の三宝珠を表し、両端には蓮葉を付しており、宮殿左右部は花文を透し彫りする、いわゆる花狭間となっている。  材はヒノキで、彫刻部分は彩色仕上げとし、その他は柱、虹梁、高欄を朱漆塗りとするほか、総黒漆塗である。  本厨子の各部に墨書があり、中世に橋立道場と呼ばれた時宗寺院万福寺に関する情報が記されている。再び解体修理がなされ、以前に知られていたもののほかにも墨書が新出した。それらの中で特に注目されるのは、須弥座上框の周縁上面の □仏壇之下絵者式部法眼宗秀也上ノ□イ 永徳三年(1383)癸亥五月八日安置仏壇□ス□> という墨書で、全体の形姿、繊細さを失わない装飾彫刻の作風などからみて、これを制作時期の目安と考えてよいものである。
重要文化財 数 量一基
美術工芸品 年代等室町
工芸品 所有者妙立寺
府中地区 所在地字中野